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東京地方裁判所 平成9年(ワ)13876号 判決 1998年3月31日

原告

ダイキン空調東京株式会社

右代表者代表取締役

並木健

右訴訟代理人弁護士

小林元治

堀部忠男

本田正幸

被告

破産者第一機器株式会社

破産管財人

瀬戸英雄

右常置代理人弁護士

今村敬二

渡辺潤

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、原告に対し、金一三六万六〇〇〇円を支払え。

二  訴訟費用の被告の負担と仮執行宣言

第二  事案の概要

一  本件は、支払のために約束手形が振り出された後に、動産先取特権に基づく物上代位により原因債権を差し押さえ、その転付命令を得た原告が、手形金を回収した債務者の破産管財人である被告に対して、右手形金が不当利得に当たるとして、その返還を請求した事案である。

二  前提となる事実

次の事実は、当事者間に争いがないか、各文末記載の証拠により認められる。

1(一)  原告は、第一機器株式会社(以下「破産者」という。)との間で基本売買契約を締結し、被告に対し、空調機器及び同部品を継続的に販売していた。

(二)  破産者は、平成八年一二月二七日に破産宣告を受け、被告が破産管財人に選任された。

(以上、争いがない。)

2(一)  有限会社モリタ冷熱(以下「モリタ冷熱」という。)は、破産者に対して売掛金債務を負担しており、平成八年一二月三一日、右債務の支払いのために、手形金額を九三万三七七七円、支払期日を平成九年三月三一日とする約束手形を振り出した。

(二)  株式会社大久(以下「大久」という。)は、破産者に対して売掛金債務を負担しており、平成九年一月二〇日、右債務の支払いのために、手形金額を八七万四七二七円、支払期日を平成九年五月三一日とする約束手形を振り出した。

(以下、モリタ冷熱及び大久を併せて「第三債務者ら」といい、右各売掛金債務ないし同債権を併せて「本件原因債務」ないし「本件原因債権」といい、右約束手形二通を併せて「本件手形」という。)

(乙一の1、2、乙二の1、2)

3(一)  原告は、破産者に対する売掛金が未回収であったため、動産売買先取特権に基づく物上代位により、本件原因債権の一部に対して差押命令を申し立て、東京地方裁判所は、平成九年一月二〇日、次の差押命令を発令した。

(1) 原告を債権者、被告を債務者、第三債務者をモリタ冷熱とする、被告のモリタ冷熱に対する売買代金債権七一万九二〇〇円の債権差押命令

(2) 原告を債権者、被告を債務者、第三債務者を大久とする、被告のモリタ冷熱に対する売買代金債権六四万六八〇〇円の債権差押命令

(二)  右の各差押命令は、いずれも第三債務者らに対して同月二一日に送達された。 (以上、争いがない。)

4  東京地方裁判所は、同年三月五日、原告に右各被差押債権の転付命令(以下「本件転付命令」という。)を発令した。右各転付命令は、第三債務者モリタ冷熱に対しては同月六日に、第三債務者大久に対しては同年三月七日に、それぞれ送達され、前者は同月一五日に、後者は同月一六日にそれぞれ確定した。 (甲三ないし六)

5  被告は、その後、本件手形について第三債務者らから手形金合計一三六万六〇〇〇円の支払いを受けた。

(争いがない。)

三  争点

1  支払いのために手形を振り出すことは、民法三〇四条一項ただし書の「払渡」に当たるか。

2  被告は、法律上の原因なくして原告の財産により利益を得たか。

3  原告は、被告の右利得により損失を被ったか。

四  原告の主張

1  争点1について

手形の振出により原因債権とは別個の手形債権が発生したことは、民法三〇四条一項ただし書の「払渡」に当たらない。

2  争点2について

(一) 手形権利移転行為は原因関係と有因であると解すべきであるから、本件転付命令の確定により、被告は、本件手形の原因関係である第三債務者らに対する被転付債権を喪失しており、被告が本件手形上の権利を行使すべき法律上の原因は存しない。

(二) 仮に手形権利移転行為が有因であるとの見解を採らないとしても、原因関係が消滅したときは、手形を保持すべき正当な権限を有せず、手形上の権利を行使すべき実質的な理由を失うから、たまたま手形を返還せず手形が自己の手裡に存するのを奇貨として、自己の形式的権利を利用して振出人から手形金の支払いを求めようとする場合は、権利の濫用に当たる(最高裁昭和四三年一二月二五日判決参照)。したがって、本件転付命令の確定により、被告は実質的には無権利となっているから、本件手形上の権利を行使すべき法律上の原因は存しない。

3  争点3について

原告は、本件転付命令の確定により被転付債権を取得したが、右原因債権は本件手形金の支払いにより消滅し、原告に損失が生じた。なお、手形金の支払いにより被転付債権が消滅したことは、既に確定している転付命令の効力に何ら影響しない。

五  被告の主張

1  争点1について

第三債務者による約束手形の振出は、それが支払いに代えてなされるか支払いのためになされるかを問わず、現実には、支払いの用具の性質を有するから、民法三〇四条一項ただし書の「払渡」に当たる。したがって、本件手形の振出後になされた本件差押に引き続いて発令された本件転付命令は無効である。

2  争点2について

本件手形は、被告の第三債務者らに対する原因債権が存在した時点で、その支払いのために被告に対して振り出されたものであるから、被告が本件手形金を受領したことについては法律上の原因が存在する。

3  争点3について

原告が本件転付命令によって取得した被転付債権は本件手形金の支払いにより遡及的に消滅し、これに伴って、右原因債権に対する差押命令及び転付命令は無効となる。その結果、原告主張の動産先取特権は消滅するが、原告の被告に対する動産売買代金債権は残存する。そして、動産売買先取特権が消滅し、あるいはその実行手続が失効したことは、強制執行の不奏効にすぎないから、原告に損失が生じたとはいえない。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

第三債務者が原因債権の支払いのために手形を振り出しても、手形金の支払いがあるまでは、原因債権は手形債権とともに存在しているから、支払いのためになされた手形の振出をもって、原因債権について民法三〇四条一項ただし書にいう「払渡」があったものとみることはできない。

したがって、本件差押が民法三〇四条一項ただし書にいう「払渡」後になされたとの被告の主張は理由がない。

二  争点2について

原因債権の支払いのために手形が振り出された後に原因債権のみに転付命令がされたとしても、手形債権自体は、右転付命令による原因債権の移転を理由に消滅するものではないから、前記第二の二のとおり本件手形金の支払時に本件転付命令が確定していたからといって、被告が手形金を取得する法律上の原因を喪失したことにはならない。

また、第三債務者らが被告に対して本件原因債務について本件手形を振り出したことによって、第三債務者らと被告との間で、右手形金の支払いにより原因債務を消滅させる旨の合意が成立したことが認められるところ、本件差押命令はその後に第三債務者らに送達されたのであるから、原告は、実質的に見れば、右合意による制限が付加された本件原因債権の一部を差し押さえたにすぎない上に、後記三のとおり、原告の破産者に対する売掛金債権は消滅しないから、被告が本件手形金の支払いを受けることは、権利の濫用とはならない。

よって、被告が法律上の原因なくして原告の財産により利益を得た旨の原告の主張は理由がない。

三  争点3について

右のとおり、そもそも被告の不当利得は認められないが、さらに争点3について判断しておく。

前記二のとおり、原告は、手形金の支払いがあれば消滅するという制限の下で被告から被転付債権の移転を受けたにすぎず、また、本件原因債権とは別個の債権である手形債権に対して、本件差押命令の効力が及ばないことはいうまでもない。したがって、第三債務者らは、本件手形金の支払いにより、本件原因債務が消滅したことを原告に対抗することができるから、本件転付命令は、右手形金の支払いにより、民事執行法一六〇条の定める「転付命令に係る金銭債権が存する限り」との要件を満たさないこととなって失効する。よって、本件転付命令の執行債権である原告の破産者に対する売掛金債権は消滅せず、原告は、右売掛金債権を破産債権として行使し得るのであるから、原告には何らの損失も発生していないというべきである。なお、別除権である動産先取特権を行使する場合と比較して、右破産債権を行使する場合は、債務の回収額に差があることが予想されるものの、これは動産先取特権に基づく執行が効を奏しないという事実上のものにすぎないから、これをもって、法律上の原因をなくして生じた損害と認めることはできない。

四  よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官南敏文 裁判官小西義博 裁判官納谷麻里子)

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